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3.11 自分以外の誰かのお役に立つという事

2024.03.11BLOG

佐藤運輸倉庫株式会社の松沢でございます。

いつも本当にありがとうございます。

東北大震災から本日で13年となりました。

被災された方々の心の傷が少しずつでも癒えていくことを、心から願っています。

私事ではありますが、今年で43歳となりますが、この43年間で人生観を変える大きな事件が3つありました。

一つ目は、中学2年生(1995年1月17日)の時に起きた阪神・淡路大震災です。

当時、神戸市中央区の実家から愛媛県松山市にて寄宿生活をしておりましたが、寒い中駐車場での朝の点呼が終わり、食堂に向かう時の娯楽室のテレビがつれられており、実家のある神戸の街が燃えていました。三宮のビルは倒れ、阪神高速は折れ、家族とは2日間連絡がとれませんでした。

死者6,432人との事です。

二つ目は、大学1年生(2001年9月11日)の時に起きたアメリカ同時多発テロ事件です。

当時、東京で大学生活を送っておりまして、4畳半の狭いワンルームでテレビをつけていると、突然チャンネルが全て切り替わり、憧れであったニューヨークの高層ビルに、飛行機が突っ込んでいた映像が何度も繰り返し流れました。朝の通勤時間帯で、多くの人が何が起こったから分からず、ただ恐怖の中で泣き叫ぶ映像でした。

死者2,977人との事です。

三つ目は、28歳(2011年3月11日)に起きた東北大震災です。

当時、貿易の仕事で中国からのバイヤーを沖縄にアテンドしておりました。

午前中で仕事が一段落し、午後は那覇にある東横インで休憩していてテレビをつけると、突然チャンネルが全て切り替わり、映画でも見たことのない大津波が船も車も家までも流していく映像が何度も繰り返し流れました。本当に文字通り、津波が全てを飲み込んでいく恐ろしい映像でした。

死者15,900人との事です。

この3つの事件は、どれもが自分の意志とは関係なく、そして突然に命が奪われたというものです。

特に東北大震災は、あまりにも心に対する衝撃が大きく、私の命ももしかしたらいつかは突然に、自分の意志とは関係なく絶えるかもしれないという事を人生で初めて意識し始めました。そして、ここで自分の死生観というか、どう生きてどう死ぬべきかという事を考え始めました。それまでの人生は、仕事も趣味も含む、あらゆる時間の全てが自分のためでしたが、いつか突然死んだときに、「あの人は自分のためだけに生きた」と言われるよりも、「あの人は突然逝ってしまったけど、人の役に立ったいい生き方をしたね」と言われるような生き方をしたい思い始めました。

当時28歳で、このような考えを持ち始め、これは43歳である今も変わらず、より一層強いものとなっております。

当社は、今年創業80年を迎えました。いかなる状況でも絶対に手配する「絶対手配」をスローガンにしておりますが、この考えも、「自分以外の誰かのお役に立つ」という事を基本理念としております。本日は、朝礼にて当社スタッフにも、「自分以外の誰かのお役に立つ」事の大切さ、そして誰かとは最優先すべきは家族であること、そして次は、会社にてお取引様はもちろんの事、隣で一緒に仕事する同僚のお役に立つ事で、人生を意味あるものにしていきましょうと話をいたしました。

数多くの死者をだし、今なお多く方々の苦しみが癒えていない大災害の日に、私事のお話をするのは不謹慎かとも思いましたが、私を含め当社の全スタッフが、「自分以外の誰かのお役にたつ」事を実践していき、お取引様はもちろん社会のお役に立てるように今後も誠意努力して参りますので、今後ともご指導ご鞭撻をよろしくお願いいたします。